自分には簡単なことでも他人には難しい、ということを理解するのが難しい

自分には簡単なことでも他人には難しい、ということを理解するのが難しい

はじめに

友人の準備が遅くてモタモタしてたり、部下が簡単なことを何度もミスするとイライラしますよね。そうするとつい、怒ってしまうこと、あると思います。

でもよく考えると、自分は要領よく準備ができたり、仕事を簡単にこなせても目の前の他人にとってはとても難しいことなのかもしれません。
他人には簡単でも自分には難しいこともいっぱいあるでしょう。

持って生まれた気質も違う、生きて来た環境も違うならば、物事の簡単さに差があるのは、むしろ、当たり前じゃないでしょうか?
どうしてそこでイライラしてしまうのでしょうか。

なぜ自分のできることを過小評価してしまうのか

そういう風に人体ができてるから、だと思います。ひどく雑な結論ですが、そうとしか思えません。

今、振り返って、頭で考えてみても、自分のできることは大したことじゃないと思えてしまいます。

僕は共感性が高く、相手の感情を細かく想像してしまうのですが、これもできない人にはいくらトレーニングしても無理な様です。

当たり前になりすぎて気付けない、ということもありそうです。
人間は、生まれてから一度たりとも、主観を脱することができないので、これに気付くのが難しいですね…。

冷静に感情をコントロールしていく

怒りが湧いてしまうものはしょうがないので、うまく付き合っていくにはどうすればいいでしょうか。
イライラしたからと、そのまま怒っていてはとても建設的とは言えません。

僕の対処法は、イライラっときたら、深呼吸しつつ「僕と彼は違う人間、僕と彼は違う人間、僕と彼は違う人間…」と唱えます。
唱えてるうちに怒りが過ぎ去るので、怒らず会話が進みます。

余裕のないときはそのまま言っちゃうこともありますが…日々精進ですね。

上記の対処法として、眠い時やお腹空いてるときは弱ってるので、人と話さないようにもしています。

おわりに

なんかわかってるように語ってしまいましたが、
このようなことが理解できてきたのは本当に最近のことになります。

少し前の僕は、典型的な弱肉強食思考で、やらなきゃやれらるんだから、やられるがままの弱さは悪だと考えていました。

しかし、友人と話していて気付かされたのですが、世界は、弱肉強食ではなく、適者生存です。強い弱いなどというのは一概に語ることはできず、長所短所がうまく噛み合って成り立っているんですね。

ライオンにはライオンの、ヌーにはヌーの、セミにはセミの、リンゴにはリンゴの役割があります。リンゴが絶滅したら、草食動物も絶滅してライオンが食うものもなくなります。お互いの役割に敬意を持って、共存していけるのが一番いいのではないでしょうか。